俳優と歌手との二足の草鞋を履く森崎ウィンさん。
日本人は離れした綺麗な顔立ちですが、実はご両親共に外国の方でした。
今回は森崎ウィンさんのご両親と、生い立ちについて触れていきたいと思います。
森崎ウィンの両親の職業は?
森崎ウィンさんのご両親は共にミャンマー人です!
ご両親共にミャンマーで生まれ育っていますが、出稼ぎのため日本に移り住んでいます。
森崎ウィンのお父さん
現在は、都内でミャンマー料理店を開業しています。
過去には、世界中を巡る船の整備士のお仕事をされていたこともあるそうです。
森崎ウィンさんから見たお父さんは聞き上手で、心優しい方なんだそうです。
森崎ウィンのお母さん
以前は、東京都内で事務の仕事をしていました。
現在は体調を崩しているおばあちゃんの看病でミャンマーに帰国しています。
ただ、まめに連絡を取り合うほど仲は良いそうです。
森崎ウィンさんから見たお母さんは信念があり、まっすぐな性格をされている強い方なのだそうです。
森崎ウィンは10歳まで親と離れてミャンマーで暮らしていた!?
森崎ウィンさんは、ミャンマーで生まれ10歳までミャンマーで生活しています。
元々ご両親は、日本など海外で出稼ぎをしていました。
そのため、お母さんは森崎ウィンさんをミャンマーで出産すると、すぐに日本へ渡っています。
10歳までの幼少期は母方のおばあちゃんに育てられ、二人暮らしされています。
その間ご両親に会えるのは、年に1回帰ってきたときだけ。
普段のご両親とのコミュニケーションは電話だったそうです。
なので、たまに日本からおもちゃが届くことが嬉しかったのだとか。
寂しい思いをしたこともあったかと思いますが、ご両親には感謝の思いが強いようです。
当時、ぼくがミャンマーで比較的豊かな暮らしができたのは、両親が日本で頑張って働き、仕送りをしてくれたからです。
引用:東京新聞
と両親への感謝を述べられています。
また、ウィンさんの名前は、おばあちゃんが名付けの親のようです。
「ウィン」はミャンマー語で「明るい」という意味で、おばあちゃんが付けてくれました。
引用:東京新聞
とご本人が語っています。
10歳の時に弟が日本で生まれたのをきっかけに、家族4人で日本に住むようになったそうです。
森崎ウィンがハリウッドデビューできたのは祖母のおかげ?
森崎ウィンさんは、日本語と母国のミャンマー語ともう一つ、英語も堪能です。
若くしてハリウッド俳優の座を掴んだのは、流暢な英語が話せたことが強かったのではないでしょうか。
森崎ウィンさんが英語が話せるのはおばあちゃんの影響です。
幼少期はおばあちゃんと二人暮らしをしていましたが、おばあちゃんは英語教室の先生をしていました。
地元では有名で多くの大人の方が通う教室だったそうです。
ものごころがついたころから英語の授業が聞こえてくる環境で育ちました。
5、6歳の頃には英語を学び始めたそうです。
おばあちゃんは大好きなマドンナの歌を歌いながら楽しく英語を教えてくれていたのだとか。
おばあちゃんは社交的で明るい性格で、時に勉強面では厳しく指導されることもあったそうです。
英語スキルと歌唱力は当時の経験が活かされているように思います!
森崎ウィンさんは、中学2年生の時にスカウトされ、芸能活動を開始しました。
そして、2018年公開のスティーブン・スピルバーグ監督の映画「レディ・プレイヤー1」でハリウッドデビューし、一躍有名となります。
また、2020年の時に映画「蜜蜂と遠雷」で第43回日本アカデミー賞新人俳優賞しています。
まとめ
- 森崎ウィンの両親はミャンマー人で、出稼ぎで日本に住むようになった。
- お父さんはミャンマー料理店を開いており、お母さんは事務職をしていた。
- お母さんは現在はミャンマーに帰国している。
- 幼少期は10歳まで祖母と二人暮らしをしていた。
- 英語が堪能なのは、英語教室を開いていた祖母の影響。
森崎ウィンさんは幼少期時代をミャンマーで両親が側にいない状態で過ごし、日本に移り住んでからも言葉の壁で苦労をされたと思います。
普通とは少し違った経験が、彼を強くしているのではないでしょうか。
現在も、ミャンマーと日本で離れて暮らしていても、まめに連絡を取り合い、仲睦まじい家族のようです。
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